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CULTURE2020.06.29

米原康正 × 北村信彦 「俺たちの時代を彩った初期衝動から生まれた文化」

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60年代から70年代。日本でもロックが花に開いた黄金期をリアルタイムで過ごした米原康正氏(写真左)と北村信彦(写真右)。
彼らが米原氏の連載「ROCKIN’ GIRL」をテーマに、ロックと女の子から音楽カルチャーまで、“本物”を知る男にしかできないスペシャル対談を実施。今回お届けするのは“初期衝動から生まれたカルチャー”!

― 前回は、グッときた女の子のお話から、年齢を経て変わった女性の見方についてお話しいただきました。今回はそのグッときたロック女子の延長線上にあるカルチャーについてもお話を伺えたらと思います。


米原康正(※以下、米原) : 最近、グッとくる女子がいないって話だったけど、カルチャーに関しても心からグッとくるものって近頃あまりないなって感じない? 僕たちが年をとったとかそういうのは関係なく、新しいカルチャーがあまり生まれてないように感じるんだけど。

北村信彦(※以下、北村) : アンダーグラウンドでは色々あるみたいだけど、カルチャーにはなっていないね。

米原 : そうそう。昔携わったギャル雑誌の『egg』がさ、こないだ復刊したのよ。でも、やっぱりなんか違うんだよ、『小悪魔ageha』と被ってるっていうか。あれはキャバ嬢のために作られたファッション誌だけど、『egg』は当時渋谷にいるギャルたちが自ら生み出したカルチャーを紹介する雑誌だったからさ。そういう、衝動よりも形を真似してるものが今すごく多いなって思うんだよ。
ロックもファッションもそうじゃない?俺たちはこれがやりたいんだ!っていう衝動よりも、型にハマっていく人が多くて本当に嫌なんだよね。前回も語ったけど、壊れてもいいやみたいな感じの衝動で動いちゃう子が好きだから。実際、ウチらは初期衝動でずっとやってきたじゃない?

北村 : そうだね、初期衝動だ。段階を追って成長していくことに興味がないから、着る服も変わらないし、言動も好きなものも10代から変わんないね。

米原 : だから、若い子たちにももっとカルチャーを生み出すくらいの衝動で動いて欲しいんだよ。まあ、もちろん自分も大学の頃は、こういう格好しなきゃとかこういう酒飲まなきゃみたいな、型にハマりたい思いはあったけど……(笑)。

北村 : それはきっと憧れの大人像があったからでしょ。今の若い子たちには、衝動で何かやりたくなるような憧れの大人像みたいなものもないんだと思う。それと前回も言ったけど、俺とかよねちゃんが若い時は、壊れてるのが格好いいって価値観があったし、ハミ出すのが許容される世の中でもあったから。そう考えると恵まれた時代に青春時代を送れてよかったとは思うよ。

米原 : 反面、今の子たちと話すと知識は豊富だよね。みんな検索して調べているから、僕らが若かった時代のこともよく知っている。きっと彼ら、彼女らにとっては60年代とか70年代の情報が新鮮なんだと思う。感覚としては、僕らが当時見た時と同じものを感じてるかもしれないよね。

北村 : たしかに知識は豊富。ただ、リアルではないね。データ化されてデジタルで見えるイメージってのは、誰かの手が必ず入ってる。音楽で言えば一旦イコライジングされているものっていうか。
昔、ヴィンテージサウンドシステムにハマってたことがあるのよ。詳しい人にいろいろ教えてもらったりしてたんだけど、その人はクラシック畑からオーディオに入ってきた人で。で、その人曰くアナログレコードっていうのはその状態を疑似体験できるものだって言うんだよね。録音した空気をそのまま封じ込めてるんだって。それで、その人のサウンドシステムで70年代のアイドルの引退ライブを聴いたんだけど、本当にその場にいるみたいで、現場の人の気配とかライブ会場の広さとかなんとなく分かるわけ。あ、ここにベースがいて、あっちにドラムがいるなとかね。音の奥行きもアナログだからそのまま入ってるんだよ。

米原 : へぇ、そうなんだ。すごいね。

北村 : でも今の音楽って、打ち込みにしてもバンドにしても、一旦集めた音をフラットにして強弱をつけてるからリアルじゃないんだよ。録った音に対して色々手を加えるから普通に聴く分にはサマになっているけど、よ~く聴いてみると臨場感みたいなものは無くなってるんだよね。

えーっと、だいぶ話が逸れちゃったけど、情報っていうのもこの音楽のイコライジングの話と同じで、インターネットとかで見る当時の情報っていうのはやっぱり奥行きがないことがほとんどなんだよね。それに、語り手とか作り手のイコライジングが入って話に余計な強弱も付いちゃってる。

米原 : なるほど、確かにね。それに過去の映像や音楽なんかだと、傷ついてたりノイズがあったりするけど、それにありがたみとか情緒を感じる子は少ないよね。生音にこだわる子が少ないっていうか、今の音楽は打ち込みばっかりだから。写真にしても、ピントが合ってるのが今や当たり前で、ボケやブレに情緒を感じなくて下手って認識されちゃうんだよね。あと、Photoshop 使えないと写真にならないとか。常識がそもそも違うわけじゃん。

令和の時代を席巻するデジタルカルチャー

北村 : つい俺たちは否定的になっちゃうけど、一方でそういうデジタル文化っていうのは新しく生まれたカルチャーなのかもしれないね。現に、俺たちもスマホを使って、この便利さを享受してるしさ。

米原 : サブもメインも両方のカルチャーを内包してるね。ひとつのどデカイカルチャーというか、カル チャーを生み出すベースになってる感じがする。

北村 : そう、そのとおり。俺はね、このSNS時代ひいてはデジタル全盛時代は、かつてのドラッグ・カルチャーと似てると思うんだよ。スマホが登場したことで、SNSが生まれてみんなが色々発信できるようになって、面白い文化がたくさん生まれたでしょ。インスタグラムもユーチューブも、素人がスマホで発信できるようになった盛り上がったわけじゃない? それって、60~70年代にドラッグが流行って、サイケデリックな音楽とか映画とか、ヒッピーの思想とかが生まれたのとすごく似てるなって。サンフランシスコには今でいうユーチューバーみたいなやつらが集まって面白いことをしたり、タイダイTシャツ作ったりしてたし。

米原 : 確かに、四六時中スマホばっかり見てる人はほとんどドラッグ中毒と同じだ(笑)。

北村 : そう、みんな中毒なの。しかもドラッグと違って犯罪じゃないから、子供から年寄りまで広がっていく一方。みんな夢中になって、より深みにハマっていく。

米原 : スマホとネットのおかげですごく便利になって自由な時代だと感じるけど、僕らの時代の自由とはちょっと違う気がするよね。個人的には自由ってのは勝ち取るもんだと思うんだけど、今感じる自由は誰かに与えられたものっていうか。

北村 : その自由を与える体制サイドにとってはコントロールしやすい世の中だよね。見方を変えれば、映画の『1984』みたいなディストピアにも感じられる。みんな同じものを食べて、同じ服を着て満足する、みたいなね。

米原 : SNSでは特にそれを感じるね。インスタで話題の場所にみんなが並んで“映える”食べ物を撮ったりなんて、そのディストピアそのままに感じちゃうよ。

北村 : しかも、スマホを使う環境ってのはいくつかの企業がコントロールしてるわけじゃない? 例えば、グーグルとかアップルが突然このシステムやめますって言ったら世の中どうなっちゃうんだろう。仕事が立ち行かなくなる人もいるし、気が狂っちゃう連中もいっぱいいるはずだよね。これって、俺達の生活がガッチリ掴まれているってことじゃないかって思うんだよ。

米原 : そう考えると大きな陰謀があるようにも感じるね。

北村 : とはいえ、この中毒みたいな時代もきっと廃れるときが来るとは思うよ。ドラッグ・カルチャーは、音楽もファッションもライフスタイルも内包した大きなカルチャーになったけど、反面良くないこともたくさん起こったから廃れていったわけでしょ。実際、このデジタル中毒な世の中に、このままじゃいけないと感じてアナログに回帰する若い連中もちょこちょこ出てきてるしね。

米原 : そんな世の中だからこそ、僕らの世代の良さをどう伝えるかも大事だよね。うまく時代の流れに合わせるのか、今までのやり方をそのまま見せつけてショックを与えるか、とかね。還暦の年だけど、まだまだ若い子たちと勝負していきたいと思っているから、自分は。

米原康正

編集者・アーティスト。東京ストリートな女子文化から影響を受け、雑誌などメディアの形で表現された作品は、90年代以降の女子アンダーグランドカルチャーを扇動した。早くから中国の影響を強く感知し、そこでいかに日本であるかをテーマに活動を展開。微博フォロワー268万人。2017年より前髪をテーマに作品を発表している。

北村信彦

1962年生まれ。東京モード学園を卒業し、「ヒステリックグラマー」のデザイナーとして活躍。1960年代後半〜80年代前半のカルチャーを中心に、ロックやアートを洋服として表現。ファッションのみならず、森山大道の作品集の発行など、洋服という枠に収まらない表現を行っている。

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